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ナデシコ漬けだった頃

2011年、『月刊アニメスタイル』第4号の「『機動戦艦ナデシコ』特集」のために書いたもの。 『ナデシコ』は『アウトロースター』とほぼ同時にお受けした、私にとっては初めてのアニメの仕事だったので、いまだ

ナデシコ漬けだった頃

 2011年、『月刊アニメスタイル』第4号の「『機動戦艦ナデシコ』特集」のために書いたもの。
『ナデシコ』は『アウトロースター』とほぼ同時にお受けした、私にとっては初めてのアニメの仕事だったので、いまだにいろいろ感慨深い作品です。
 ちなみに『アニメスタイル』は、ものすごく濃厚なアニメ愛と情報に満ちた、読み応え抜群の雑誌なので、まだ読んだことがないという方には、猛烈にお勧めしておきます。
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 小黒さんから「ナデシコの頃のこと書いてよ」と電話をもらって、ほいほいと二つ返事で引き受けたのはいいんですが、さて、これがなかなか難しい。
 なんせ、『機動戦艦ナデシコ』は、私にとっては初めてのアニメの仕事(正確には、ほぼ同時期に『星方武侠アウトロースター』の仕事にも入っていますが)でした。まだ三十代前半の若僧だった私は、かなり肩に力が入りまくっていたようにも思います。あれからはや十五年、今となってはすべては遠い夢のような気もしなくもないのでした。
 まあ、そろそろ五十に手が届こうかというおじいちゃんの昔話として、ゆるゆると書いていこうと思いますので、皆様おつきあいのほどを。

1.ことのおこり
 とりあえず、そもそもなんで私がアニメの仕事に首をつっこむようになったかから、話を始めたいと思います。ちょいと遠回りだけど許してください。
 元々私は、大学の工学部を出たあと、通信系の会社に就職して上京、エンジニアになって、わりとのんべんだらりとサラリーマン生活をしつつ、大学時代に学内のSF研に入っていたり、上京後は翻訳家の大森望さんが当時主催していた関東海外SF研究会に出入りしていたりというSF関係のコネから、たまに早川書房の《SFマガジン》に原稿を書いたり、東京創元社のSF翻訳をしたりと、細々と二足のわらじを履く生活を営んでいました。
 とはいえ、通勤時間片道一〇〇分、残業平均一日三時間で、なおかつ家で原稿も書くという暮らしは、けっこうしんどかったのも事実でして、一九九四年の夏、勤続七年目にしていい加減にめんどくさくなって、辞めることにしちゃったのでした。
 会社辞めたらとっとと大阪の実家に帰って、地道に翻訳に打ち込もうと思っていたんですが、そこで大森望さんが、
「大阪帰るより、東京にいたほうが仕事があるかもしれないから、こっちにいなよ。ちょうど、書庫にしようと思ってアパート借りたんで、当座はそこに住めば」
 と言ってくれたため、私はこれ幸いと大森家の書生(?)となって、何のあてもないまま、東京で新生活を始めました。
 すると、ちょうどその頃はまだWOWOWに勤めていた(現)映画評論家の添野知生さんから、
「会社辞めて昼間も出てこられるようになったんでしょ。ちょっと相談に乗ってよ」
 という連絡がきたのでした。
 なんと、当時、WOWOWの映画部で新進気鋭のプロデューサーとして活躍していた仙頭武則さんが、
「WOWOW製作の中編映画でSFをやりたいから、詳しい奴を呼んでこい」
 と言ったとか言わなかったとか。
 かくして私は、本格宇宙SF映画『宇宙貨物船レムナント6』の企画に、科学考証兼SF設定として参加することになったのでした。
 この『レムナント6』の製作は95年いっぱいをかけて進んでいき、翌96年の初春にWOWOWでの放送と劇場での公開が行われました。
 そしたら、それを見たとある友人から連絡があり、
「さかいくん、そういう仕事もできるなら、ちょっと手伝いに来てくれない?」
 と、当時江古田にあったマンガ家・伊東岳彦さんの事務所に呼び出されました。それが『星方武侠アウトロースター』のSF設定の仕事だったのでした。
 私は伊東さんのマンガが大好きでしたから、喜び勇んで、「がんばってやらせてもらいます」と答えて帰ってきたのでした。
 ところが、それから数日も経たないうちに、当時パソコン通信で知り合っていた會川昇さんから、「ちょっとアニメの仕事を手伝ってくれませんか?」という電子メールが届いたのです。
 會川さんも『レムナント6』を見て、当時スケジュール的に逼迫していた『ナデシコ』のヘルプにと、私を誘ったのでした。
 すでに『アウトロースター』の仕事を受けていた私は、「同時に別々のスタジオのアニメの仕事をすることになってもかまわないんでしょうか?」と素人っぽいことを考え、伊東さんと會川さん双方の了承をもらってから、『ナデシコ』のSF設定をお引き受けしたのでありました。
 なんだか、次から次へと話がつながっていて、まるで昔話の「わらしべ長者」みたいですが、私がアニメの仕事を始めた経緯は、ほんとにそんな感じだったのです。

2.初めて尽くしのSF設定
 さて、會川さんが私を呼んだのは、確か96年6月のことでした。そのとき、メカやキャラの設定はともかく、シナリオは會川さんの書いた1,2話しか上がってなかったような。『ナデシコ』の放映開始が同年の10月ですから、アニメの製作スケジュールとしてはかなりヤバイ感じだったのはまちがいないです。
 私もよくは知らないのですが、會川さんもまた、途中から『ナデシコ』に援軍として呼ばれた助っ人だったのでした。
 會川さんは、キャラやメカを含んだ、おおまかな世界設定以外、一度白紙になっている状態で、佐藤監督と共に一から世界観の練り直しをしていたところだったと思います。
 その中で、會川さんが私に言ったことは、
「『ナデシコ』の設定を、現代的にアップデートされたSFとして、きちんと通用するものにしてほしい」
 ということでした。
 さらに、
「『エヴァ』のヒット(『新世紀エヴァンゲリオン』はちょうど前年の95年10月から放映され、すでに社会現象となりつつありました)によって、今まで以上にアニメにしっかりとしたSF的なビジョンは求められるだろうし、入れ込んでいけるだろう」
 というような話もされたように覚えています。
 元々、山田正紀さんの大ファンで、SFについても詳しい會川さんは、この機に乗じて、がっちりとした世界観を持ったロボットもの、それもガンダムでもエヴァでもないものに挑戦していたんじゃないかと思います。
 また、そうやってしっかりとした外枠を作っておくことで、劇中劇である『ゲキガンガー』の世界との対比を、一層強めておきたかったのかもしれません。
『ナデシコ』の打合せで會川さんが繰り返し語っていたことの一つに、
「ぼくらはアニメを見て育ってきたんだから、そのことを変に恥じないでいいじゃないか。アニメを見て人生や理想を考えてきたアニメファンを全肯定したい」
 ということがありました。
 実際には、會川さんくらいアニメ以外の、小説や映画を貪欲に吸収している勉強熱心な人もあんまりいないんじゃないかと思うんですけど。特に、アメリカ以外の国の外国映画を、そこらの生半可な映画ファンじゃ太刀打ちできないくらい熱心に追いかけてる人だったりもしますし。
 ともあれ、『ゲキガンガー』は、そんな會川さんの企みとして、わざと往年のロボットアニメらしく作り込まれていたわけです(その作り込みの部分を、アニメ様こと小黒裕一郎さんに依頼したのも會川さん。その慧眼と、それに見事に応えた小黒さんの細かい設定が『ゲキガンガー』をあそこまでおもしろくしていると私は思うのですが、それはまた別の話)。
 そんな「おはなし」の世界である『ゲキガンガー』に対して、ストーリーはコメディが基調とはいえ、『ナデシコ』はあくまで「現実」側として機能していないと、きちんとした対比にならないわけで、そういう意味でも、『ナデシコ』側の設定には「新しさ」と同時に「リアル」さが求められていたのだと思います。
 そんなわけで、會川さんの依頼を受け、すでに存在している舞台設定やメカ設定を元に、いかに「現代SFらしいリアリティ」を組み上げていくか、それもできる限り早急に、というのが私に与えられた課題だったのでした。
 一番最初の打合せのメモがパソコンのHDDに残っていたので、以下に再掲してみます。ぱっと見は落書きみたいですが、要は「設定を作るべき項目」のリストですね。
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「機動戦艦なでしこ」打ち合わせ 1996/06/12

會川昇氏(シリーズ構成)
佐藤竜雄氏(監督)
ジーベック:佐藤徹氏(プロデューサー)
      丸川直子氏(企画)

木星側 地球側
エネルギー源

推進システム(空間をエネルギーに変える)空間制御エンジン=バリア
      (モノリスを仲介とした次元ジャンプ)
       反重力あり
ビーム兵器
ロボットの操縦
火星

古代文明
モノリスのゲートウェイ(生体は送れない)
火星と木星の謎の文明>これに関しては後できちんと決める必要あり

まず大まかな設定(動力、推進システム、ビーム兵器)を詰めてしまう。(20日まで)
細かいチェックは、毎回、脚本を送ってもらってその都度おこなう。
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 六月十二日という日付が生々しいっすな。放送開始まで四ヶ月を切ってるもんなあ。
 このメモの「モノリス」というのは、のちに「チューリップ」と名づけられたもの。このままじゃ、まんま『2001年』ですから(笑)。結局、この手のネーミング関係もほとんど私の担当ということになったのでした。
 そして、敵の正体、つまり木連については、まだこの段階でははっきり決まってなかったことがこのメモからわかります。
 うろ覚えなんですが、敵は実は忘れ去られた移民地球人にしようと言ったのは會川さん、それをゲキガン思想に染まった人たちにしようと言ったのは佐藤監督だったように覚えています。

3.パソ通で助っ人要請
 ともあれ、前述のメモにもあったように、とにかく大量の設定を1週間ちょいで仕上げなきゃいけなくて、私は困っていました。
 なんといっても、基本的にリアル一辺倒だった『レムナント6』と違って、『ナデシコ』には現実から飛躍したSF的アイデアがたくさん含まれていることははっきりしていました。それをとにかく、今までのSFで使い古されたガジェットそのままではなく、現代的な意匠を持った新しい疑似科学的な理論で構築・補強してやることが、私に求められている仕事なのだと考えていましたが、なにせ量が多くて大変そうでした。
 そこで、当時はまっていたパソコン通信のSFファン仲間に声をかけ、夜な夜なチャットをしては、アイデアのブレーンストーミングをすることにしたのでした。中でも、当時大阪大学にいた理論物理学者(たしか専門は宇宙論)の、いろもの物理学者こと前野昌弘さん(現・琉球大学)には、ずいぶんとお世話になりました。
 真空の相転移からエネルギーを引き出すのも、重力波を使ったビーム兵器も、ボソン・フェルミオン変換による転送も、ここから生まれたのです。
 一方で、たった数百年で火星のテラフォーミングを済ませちゃうにはどうしたらいいのかに、私は頭を悩ませた結果、いくつかあるテラ・フォーミングのアイデアを、ナノマシンを使ってまとめて急速に実現するということにしようと考えていました。
 ついでに、ロボットの操縦もナノマシンを使うことにして、その描写を簡略化しました。マジンガーZはもちろん、Zガンダム以降のものでも、ロボット操縦のコクピット描写はムリがありすぎると思っていたからです。
 かくして、相転移エンジン、グラヴィティ・ブラスト、ディストーション・フィールド、ボソン・ジャンプ、ナノマシン、CHULIP……、と様々なアイデアがまとまりだしました。
 ですが、私がポンポンと投げていったそれらのアイデアを、一本の技術体系にまとめ、ストーリーと有機的に絡めていったのは、會川さんでした。
 そういえば、相対性理論によれば時間と空間は同じものなんだから、ワープみたいな瞬間移動は時間旅行と本質的に同じものだということを、最初から喝破していたのも會川さんです。
 私は、前野さんからボソンによる転送というアイデアをもらったんですが、それだと光速でしか移動できないので、どうしようかと思っていたところ、會川さんの説を思い出し、時間を逆行するボソンがあればいいんじゃないのということで、ボソンジャンプの原理を思いついたのでした。
 そしたら、會川さんはそれをアイちゃん=イネスさんの大ネタへと結びつけたのです。
 そんなふうに、會川さんは常にSF的なアイデアを単なる背景設定ではなく、物語の鍵となるように使おうと意識していたように思います。
 作品に必要な設定は徹底して作り込む。ただし、不要な設定を無駄に増やさない。あくまでも、作品世界を一貫した整合性のあるものとして成立させ、お話を転がしていくためのアイデアになるものが必要なのだ。
『ナデシコ』のSF設定を担当して、そんなことを再確認した気がします。

4.勉強になった本読み
 なんといっても『ナデシコ』で印象深かったのは、その脚本打合せ、いわゆる「本読み」でした。
 あかほりさとるさん、荒川稔久さん、川崎ヒロユキさん、首藤剛志さんといった、錚々たる面々もすごかったですが、なんといっても、ストーリー・エディターの會川さんの手腕に、毎回感嘆させられました。
 プロデューサーの皆さんや佐藤監督の意向を聞きつつ、会議を円滑に進めていく仕切りの良さはもちろんのこと、とにかく話が具体的で的確かつ理に適っていて、わかりやすい! 特に、プロットやシナリオの直しの際の、論理的かつ具体的な指示は、初めてシナリオというものに接していた私にとって、ものすごい勉強になりました。
 ここで、脚本家としての鋭さはもちろんですが、オーガナイザーとしての會川さんの凄さを味わい、勉強させてもらったことは、その後のライター人生でも最大の宝だと思っています。
 それどころか、會川さんに「堺さんも一本書いてみれば?」と言われて第二十話のシナリオを書かなければ、たぶん脚本家になることもなかったでしょう。
 この第二十話、見よう見まねで書きだしてみたものの、いつまで経っても書き終わらない。會川さんに「枚数は気にせず、とにかく書き上げてみて」と言われてなんとか初稿を脱稿したら、なんと一話分どころか二話分の長さがありました。ところが、それを読んだ會川さんが、パパッと出した指示に合わせて直した二稿目は、きちんと半分に減っていたのです。ド素人の原稿を一目見ただけでさくさく直せるとは、なんとゆー構成能力!
 ちなみに、このあと私は、二度と尺(シナリオの長さ)を見誤ることはなくなりました。まさに「習うより慣れろ」? いや、冗談ではなく、毎週行われる『ナデシコ』の本読みに出ることこそが、私にとってのシナリオ修行であり、門前の小僧よろしく、自然とシナリオの書き方が身についていったのだと思います。
 また、この本読みで多彩な脚本家の皆さんと出会えたのも、大変ありがたく、楽しいことでした。會川さんとライターの皆さんとの、当意即妙のやりとりには大いに笑わされ、勉強させられたものです。
 本読みが本格化してからの私の仕事は、各話で登場するネタをどんどんSF設定としてまとめていくことでした。毎回皆で大喜利みたいなバカ話をしている中から、どんどん新しい設定を起こしていく、という作業が続いていたのです。たとえば、ブラックホールを打ち出すナナフシや、強化後のナデシコの最終兵器ボソン砲、木連が利用するゲキガンガーそっくりの巨大ロボ軍団等々は、本読みの中から生まれたものでした。
 本読みでは、目の前の仕事以外にもいろんな話をしたのも良い思い出で、川崎さんが自主映画を作っていたり、ものすごい模型マニアだったりといったことや、荒川さんが特撮(特に初期の円谷プロ作品とかの)マニアだったりという話を聞くのも楽しかったものです。
 そんな中でも、あまりお話はできなかったものの、首藤さんのことは印象に残っています。なんといっても、私にとってはあの『ゴーショーグン』や『ミンキーモモ』の首藤さんでしたから、ずいぶんと緊張したものでした。
 もっとも、首藤さんが後に《アニメスタイル》のホームページに連載しておられたコラムを読むと、首藤さんのほうはわたしのことはまったく記憶に残っておられなかったみたいですが(苦笑)。
 そのコラムにもありましたが、『ナデシコ』の設定の多さに、首藤さんはずいぶんとまどっていたようで、本読みでよく「最近のアニメは(設定が多くて)いろいろ大変だねえ」と笑っておられたのが印象的でした。たぶん、そのしちめんどくさい設定の元締めということで、もしかしたら私は煙たがられていたのかもしれません。
 そんなわけで、首藤さんはすっかり忘れておられていたようでしたが、私は、本読みのあいまなどに、首藤さんととりとめもなく映画の話(古いものから新しいものまで)をするのが、とても楽しかったものでした。一度、ゆっくりとお話を聞いてみたかったなあ、と今になって後悔しています。

5.SF設定という仕事
 結局、ナデシコでは本読みに入る前の企画会議から、本読み、さらにはメカ打ち(メカ打合せ)にまで出席し、コンテのチェックをした上で、アフレコにも顔を出してセリフの最終的なチェックまで(そして、たびたびアフレコ後の飲み会にまで)、おつきあいさせていただくことになりました。
 その後、『アウトロースター』も含めて10数本のテレビアニメのSF設定を担当させていただくことになりましたが、作品ごとに私の仕事の範囲もまちまちで、あそこまでがっちりと作品内容に食い込んで働くことは、そんなに多くはありませんでした。そういう意味でも、最初に『ナデシコ』という作品で、存分に働かせてもらったのは、良い経験だったと思います。
 ちなみに、世間では「SF考証」という言葉が一般的なのですが、私はこだわりを持って、一貫して「SF設定」という言葉を使わせてもらっています。
 それは、「科学考証」の仕事と「SF設定」の仕事は違うものだというように考えているからです。
 首藤さんもご自身のコラムに書いておられましたが、元々架空のものであるSFを「正しいかどうか考証する」というのは、おかしなことではありませんか。
 作品中に登場する事物や描写が、科学的に正しいかどうかをきちんと考証する仕事は、それはそれで大事なことで、「科学考証」とはそういう仕事だと思います
 ですが、SFとは現実の科学の延長線上とはいえ「実際には存在しないもの」を扱うものです。「SF設定」の仕事というのは、そういう「本当にはないもの」を、監督や脚本家の人たちの要望に合わせ、なおかつ、作品世界内で整合性を持つ形で、提出していくことだと、私は考えています。
 つまり、「科学考証」とは「間違ったことを描かないようにチェックする」仕事ですが、「SF設定」というのは「もっともらしくておもしろい嘘をつく」仕事なのです。
 もちろん、先ほども書いたように、SFは現実の科学の延長線上にあるものなので、その嘘には「もっともらしさ」というか、リアリティが必要です。
 こうした意識がスタッフ間で共有されていない場合、SF設定は往々にして「無粋なツッコミを入れる不要なスタッフ」と見なされて煙たがられたり、もしくは「なんでもかんでも理屈をつけてくれる便利屋」と見なされて無理難題を押しつけられたりと、さんざんな目に合うことになります(私の場合、そういうときは途中で、辞めさせられるか、自分で辞めるか、してますが)。
 アニメ初仕事の『ナデシコ』で、私がそういう不幸なことにならなかったのも、私を呼んでくれた會川さんの強力なバックアップと、虚心坦懐に私の話を聞いてくれたスタッフの皆さんの広い心があればこそでした。そういう意味でも、『ナデシコ』での私は幸運だったように思います。

6.ナデシコとは何だったのか?
 結局、『ナデシコ』という作品は何だったのでしょうか?
 今にして思えば、寄せ集めの傭兵部隊による同床異夢の塊、といったところでしょうか。
 なんにせよ、その同床異夢が何らかの化学反応を起こした結果が、あの独特のおもしろさにつながっていたような気もします。
 とにかく、あんなに延々と長時間打合せをしていた作品は、後にも先にもなかった気がします。新宿で、国分寺で、あるいは新大久保で、深夜になるまでいつまでも話しこんでいたあの日々が、いまだに懐かしく思い出されます。
 あらゆる意味で『ナデシコ』は、私にとってアニメの学校だったのです。


記事タイトル:

ナデシコ漬けだった頃

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