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『シドニアの騎士』とポリゴン・ピクチュアズが魅せるフルCGの挑戦について

『ラブライブ!』EDの『どんなときもずっと』を聞いていたのだが、一期の『きっと青春が聞こえる』と比べると、アニメ本編で流れた時に「今週も終わりかー」と感じさせる力に関してはちょっと弱い。

『シドニアの騎士』とポリゴン・ピクチュアズが魅せるフルCGの挑戦について

『ラブライブ!』EDの『どんなときもずっと』を聞いていたのだが、一期の『きっと青春が聞こえる』と比べると、アニメ本編で流れた時に「今週も終わりかー」と感じさせる力に関してはちょっと弱い。
『きっと青春が聞こえる』が強すぎると言う部分は確かにある。あのピアノの旋律から静かに始まる具合や構成を考えてみると、本編の劇伴と同じように「高校の部活動で使われている楽器」と言う縛りがかかっているだろうし、それは「青春」というものを強調している。曲としてはサビ部分で盛り上がるように作られている事もあって、「本編の余韻を残しながらも楽曲にシームレスに移れる」と言う楽曲になっており、それが「今週も終わり」と感じさせる力なのだろう。
それに対して『どんなときもずっと』はどちらかと言えば余韻を残さない作りなので、シームレスに移れなさがその辺の「終わりっぽさ」が薄い印象を受けるのだろう。続く!という雰囲気というか。
とはいえ楽曲としては「続く!」という事を強調しておくのには意味があって、OPの歌詞に「最期まで」など終わりを感じさせる文章が登場して事を考えると、EDを「続く」ということを感じさせる方向でまとめることには意味があるというか。まあ「コンセプト」という意味では一期も二期も上手く調理できているのでいいんじゃないかなぁ。

 

唐突にシドニアの騎士の話をする。
アニメ版『シドニアの騎士』が面白い。
原作は『BLAME』や『バイオメガ』などで知られる弐瓶勉が2009年より月刊アフタヌーンにて連載していた同名の作品なのだが、本作の特徴としてあげられるのは『トランスフォーマープライム』や『スターウォーズ:クローン・ウォーズ』などを製作したポリゴン・ピクチュアズが製作しているということからも分かる通りTVアニメシリーズでフル3DCGで製作されている事が上げられるだろう。
現在のアニメの現場においてCGアニメ自体はさほど珍しいものではないが、それでもフル3DCGでTVアニメというのは未だにそれほどあるわけではない。昨年2013年に製作されたサンジゲンの『蒼き鋼のアルペジオ』が衝撃的だったのはそんな「フル3DCGでTVアニメシリーズを一本作り上げてしまった」という事実と漫画的な表現がフルCGでも再現されていた事。この二つの点で「今のCGでここまで出来る」ということを「アニメ作品」という形で見せつけたからだろう。
もちろんこれが出来たのには様々な要因があって、例えば「サンジゲンという製作者集団は元々3DCGで手書きアニメの表現を志向していた」ということも大事なところなのだが、ともかくそれほどまでに衝撃的だったサンジゲンの『アルペジオ』の登場から約半年。「ポリゴン・ピクチュアズ三十周年記念作品」として製作されることが発表されてから約一年ほどの月日が流れ、いよいよ4月に放送となったアニメ『シドニアの騎士』だが、その圧倒的な映像体験はとても魅力的なものだった。
アニメ版『シドニアの騎士』で面白い点としては3DCGだからこその空間描写力、きめ細やかなキャラクターの表情表現、そして巨大な物体とキャラクターを対比させることに依るスケール感の多様という弐瓶勉の技法のアニメにおける再現の三点が上げられる。

まず一つ目の空間描写力だが、3DCGの特徴として背景でも何でも3DCGモデルとしてつくり上げることで配置された空間の中に物体としての存在感が生まれる。その存在感が空間自体を「どういう場所なのか」ということを作り上げていく。例えば壁で空間を包み込んでしまえば狭い部屋となり、空間自体に圧迫感が生まれる。逆に四方に何もなくなってしまえば、それだけで全方位への開放感が生まれる。
またカメラの都合上、空間全てを映すことが出来ずに「切り取る」と言う形で提示する擬似カメラアングルは3DCGにおいては「空間の一部が提示されているに過ぎない」という魅力となり、カメラの外側の世界をも感じさせてくれるし、カメラワークという点では一部に3DCGを用いているアニメにおいても見られる「背面から正面に回り込む」という動きなども3DCGだからこそお手軽に出来るようになった部分だろう。もっともこの表現も多用されると面白さがまるでなくなってしまうので、注意が必要な点ではあるのだが。
さて『シドニアの騎士』の表現だが、『シドニアの騎士』における3DCGアニメだからこその良さとしては主な舞台が宇宙という「全方位に何もない場所」ということ、そして「無重力空間である」ということが存分に生かされており、3DCGの強みである空間描写の面白さが存分に生かされている。
一番最初に製作されたという五話では「母艦であるシドニアから遠くに放り出されてしまった星白を助けようとした長道は星白とともに衛人・継衛で漂流することになる」と言うエピソードが描かれたが、コックピットの狭さと宇宙空間の広さとその恐ろしさが存分に演出されている。
コックピットの狭さは人間が二人乗り込んでいる事も含めて演出されており、体を捻りながら移動する星白などでも感じ取れる部分ではあるのだが、「コックピットは狭い」ということを3DCGにおいても再現して描写することによりその外側の世界の開放感が生まれている。
また無重力ゆえの浮遊感はナナメ移動の際などもさることながら、今回の外宇宙での作業や星白の光合成のシーンで効果的に用いられ、「ここが宇宙である」ということを感じさせてくれる。この辺りの空間の描写を演出していることは三つ目の弐瓶勉の特徴であるスケール感にも繋がってくる点であることは大事な点だろう。
続いて二つ目だが、建造物や空間描写のみであればドラマとしての魅力に乏しいのだが、『シドニアの騎士』ではかなり細やかな表情付けが出来る3DCGモデルを採用していることで、キャラクターの表情をより魅力的に見せている。
例えば五話においては潤滑剤から水を精製することに成功した長道と星白が喜び、二人の距離感が縮まるというシーンが描かれたのだが、このシーンでは表情だけで距離感が縮まっている描写がされている。

この表情で「距離感が縮まる」という大事な事をやり遂げているということ、そしてその表情の違和感の無さはポリゴン・ピクチュアズの表現に対する妥協の無い姿勢が感じられるし、瞳孔の拡大・縮小による感情表現と目元の表現を凝ることで「目を見開いている」という事を表現できているところも面白い。
また漫画的な「照れなどで赤面する顔」と言う表現に注目してみると、本作はその表現を違和感なく落としこんでいる。
マンガやアニメでは使い古された表現ではあるものの、これを作中演出としての一貫性を持たせた上で自然に溶けこませていると言う点は、既に3DCGは「求めているイメージに対するアプローチ」という表現化の選択肢の一つに入っているようにも感じさせる。

このように反射する中に映り込む表現などの自然さはそんな「CGアニメ化も選択肢の一つ」という可能性を感じさせてくれるカットだ。

最後だが、弐瓶勉が頻繁に用いる演出として巨大な建造物やロボットなどと人物を同じフレームの中に収めることで対比させ、互いの大きさや違いなどの「スケール」を表現する技法が上げられる。これは弐瓶勉という漫画家の特徴的な部分でもあり、その建造物やガジェットの工学的なデザインと合わさって作品に独特の雰囲気を生み出している。
『シドニアの騎士』の原作においてもその手法は使用されており、衛人と人物、人物と建造物は同じ画面の中に存在し、対比されているし、衛人と奇居子の対比は奇居子の巨大さと有機的デザインと衛人の奇居子に比べての小ささと無機物的デザインと合わさることでアクションとして独特の面白さが生まれている。

アニメ版『シドニア』に置いてもそのスケール感の表現と演出は健在だ。
シドニアのナナメ移動の際に発生した停重力状態の際に安全帯で体を固定化出来ずに落ちていく人々が感じさせてくれるものはシドニア内の建造物が持つ巨大さと無機物さが、落ちていく人々が手足を振り回し足掻いている姿と同じ画面の中で描写されるからこそ、ある種の無慈悲さを感じさせてくれるものだし、作中で最初に遭遇した奇居子に発射された重質量砲の弾頭の巨大さは「シドニアに比べれば小さい」と感じさせるものの、衛人とすれ違う際に同じフレームの中に収めることで「重質量」という兵器の名前に恥じない巨大な弾頭を打ち出す兵器であることを映像で見せてくれる。
個人的に特に素晴らしかったのは宇宙と衛人、衛人と人物を対比させることで、宇宙に対する人物の小ささ=宇宙の途方も無い巨大さを表現しているところだ。
このカットでは衛人と人物が同じ画面の中に収まっていることで衛人と人物が対比されている。

そのことにより衛人に比べて人物の小ささや衛人の大きさなどが表現されているのだが、そんな巨大な衛人でさえも宇宙を漂っているこのカットで見てしまえば遥かに小さなもののように見えてくる。

これにより「宇宙の大きさに比べれば衛人は遥かに小さな存在であり、そんな衛人よりも遥かに小さい人間」という構図が出来上がる。このように対比させておくことで、衛人と宇宙を対比した時に宇宙における人間の小ささを演出し、それにより「孤独さ」と宇宙の恐ろしさというものを表現する事は、五話における「宇宙の漂流」と四話で警告される「戻れなくなる事」の意味を改めて見せつける事に繋がる。
この宇宙の恐ろしさというものは3DCGの空間描写力があるからこそのものだ。アニメとなったからこそ原作よりも更に強調されている。そこがたまらなく面白いのだ。

このような点が一本のアニメ、それもTVアニメシリーズとして行われている事は筆舌に尽くしがたい映像体験であるように思う。弐瓶勉作品はそのまま映像にしただけではその面白さが表現されない作品ではあると思うが、ポリゴン・ピクチュアズはそれを完成された映像へと見事に昇華している。原作への深い理解を感じるとともに、映像に落としこむ際の解釈の上手さが光る。
そもそも『シドニアの騎士』自体ポリゴン・ピクチュアズ側からアニメ化を申し出たものらしく、だからこそこのような素晴らしい映像になるべく考え抜いた上で行っているものなのだろう。
現在第六話まで放送されたわけなのだが、その映像は間違いなく極上の体験だ。原作のどこまで製作されるのかは分からないが、ここまで原作を理解した上での映像になっているのだから、シリーズ構成でも理解し考えた上で構成しているに違いない。
「ポリゴン・ピクチュアズ三十周年記念作品」と言う冠に恥じない『シドニアの騎士』。この映像体験は今後のアニメシーンを考える上で重要なものなのかもしれない。

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